ガラス作家 神永 朱美さん

つかう人への想いをガラスの彩りに込めて創作する

 ガラスの器たちに浮かび上がる、色彩豊かな文様が、時に幻想的であり、時に魅惑的でもある。宙吹きで、違う色のガラスの断片を重ね合わせ、金箔銀箔も取り入れながら、不思議な世界をガラスの器に描き出す神永朱美さんの作品には、美しさを超えた何かがある。


 40色以上にも及ぶガラスの断片を、完成された状態の文様をイメージしながら、色の選定を行い、元となるガラスの器に織り交ぜる。


 「器を使い楽しむ人に合わせて、その人だけの器を作りたい」

それが私の理想だと彼女は常々口にする。






職人の厳しい世界を叩き込まれた修行時代

 北海道の釧路公立大学経済学部卒業という、ガラス作家にあっては異色の経歴を持つ神永さん。4年次の就職活動で小樽の大手硝子メーカーに就職したのが、結果としてガラス作家への第一歩となった。


 とは言っても、当時、宙吹きでガラス製作をしたわけではなく、販売や企画の仕事に日々従事していたという。


 いつのころからか、自分で作品を創ってみたいという願望にかられ、会社を退社。ガラス製作の見習いとして、とある工房に籍を置くことになる。それ以降、厳しく、時には職人たちの多くが体験する、理不尽ともいえる“おしえ”も体感。職人の世界の厳しさを、嫌と言うほどたたきこまれた。



 その後、工房を移籍。現在も師匠とあおる先生の下で、再び修行の日々が始まる。




師匠である先生の弟子への想い

 当初、自らの装飾技法で、アクセサリーを主に創作していたが、その努力が実り、食器売場での器の作品展出展依頼を受ける。器など大きめの作品製作は未経験だった神永さんを後押ししてくれたのが、当時作品作りには、誰よりも厳しく接していた先生であった。


 器の出展依頼の話しを聞いた先生は有無を言わせず、依頼主に、「よろしくお願いします!」と一発回答。


 神永さんにとって、この先生のおもいやりがその後の創作活動において、この上ないアシストになったことは想像にかたくない。






ガラス装飾を超えた美しさ

 そんな神永さんと私が初めてお会いしたのは、信楽の陶器市会場の販売ブースであった。

テントを支える四方の一本一本のロープに、布製のリボンを蝶ちょの形に可愛く、等間隔に結ばれていたところを、ふと通りかかったのがきっかけである。


 『リボンが可愛いですね』とお声がけすると、『お客さまがロープにつまずかれたので、わかるように目印をつけていたのです』と、笑顔が返ってきたのがいまでも印象に残っている。作家さんの作品にはそのつくり手の心が宿るものだ。



 神永さんの作品には、つかう人への思いやりや、心遣いがたくさん詰まっている。冒頭に触れた、ガラス装飾にみられる美しさを超えた何か?


 作家の作品にかける想いやつかう人への想いが、魂のこもった作品として、より美しさを引き立たせている。私にはそう思えてならない。


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