奥村佃煮・奥村吉男さん ~佃煮や鮒寿しを通して想いを叶える~



水揚げから2時間以内に塩切り

「水揚げから2時間以内に塩切りしてしまうようにしている。」

 奥村吉男さんが、情報誌「滋賀食べる通信」のピクニッ湖で語った言葉が非常に印象に残った。


 生鮮食品の製造元であれば、出来るだけ新鮮なうちに加工したいと思うのは当然のことである。


 しかし、奥村さんのこれに続く言葉は、鮮度にもこだわりはあるが、

「エラ取って内臓抜くまでは、生き物やからかわいそうだし早くやってあげたいよね、味に関係があるかはわからないけど。」と、小魚、一尾一尾を大切にしている、奥村さんの人となりを印象づけられる言葉だったのだ。




沖島が奥村佃煮の原点

 奥村吉男さんは、奥村佃煮の2代目にあたる。

 元々、奥村佃煮を立ち上げた、お父様の奥村龍男さんは、“沖島”で漁師をされていて、いつのころからか佃煮の製造を兼業にしてこられた。


 現在では、漁師の仕事は退き、奥村佃煮を2代目吉男さんとともに経営されている。

 沖島は、日本一大きな湖「琵琶湖」に位置し、日本で唯一、淡水湖に浮かぶ有人島である。


 住所は、滋賀県近江八幡市沖島町に属するが、島内には自動車も信号機もない。

 人口は現在250人余りで、琵琶湖の漁場を活かした漁業が主たる産業である。

とはいっても、漁業人口は年々減少しており、琵琶湖の漁獲高もそれに比例して減少し続けている。




沖島の漁師への想い

 奥村吉男さんも、沖島で生まれ、幼少期を過ごした一人だ。

 お父様と同じく沖島への想いは強く、「沖島の漁師を守りたい」と、そのための働きかけを惜しむことはない。


 奥村佃煮の素材となる小魚たちは、沖島の漁師が水揚げしてくれる。

 「水揚げから2時間以内に加工!」という法則の仕組みは、沖島の漁師との連携なくしては成しえない技なのだ。


 「沖島で漁師の仕事を全うしてくれれば・・・」

 これまで漁師たちと二人三脚で歩んできた、その想いが、この言葉からも伺える。





飴が乗る瞬間!

 何を隠そう、私も奥村佃煮のファンの一人だ。

 私事だが、滋賀県に越してきた20数年前に知人から、「美味しい佃煮がある」と紹介されたのが始まりだ。


 私個人としては、飴煮の佃煮が好きで、関東の知り合いにも食していただくのだが、

醤油煮に親しんでいる関東の人でも、皆、口をそろえて「美味しい」と言ってくださる。


 その飴煮のことが気になり、聞いてみたのだが、

 「醤油煮とは違い、最後の詰めの部分を繊細にしないと、飴が均一に素材に乗ってくれない。」という。

 素材となる魚体の大きさや、魚から出る油、もちろん、その日の天候にも左右される。魚の表面積が大きければ、飴の量も増え、常にその時々の状態を確かめながら煮詰めていく。


 「飴が乗る瞬間がある!」

この言葉が、そのすべての工程の難しさを言い表しているように思える。





クラウドファンディングに想いを託した

 昨年、クラウドファンディングを通して、売れなくて価値のない魚、ニゴロブナのオスを使った新商品開発に取り組んだことがあった。


 滋賀県の名産として知られる、「鮒寿し」。


 酒の肴として一杯やったことがある方も多いだろう。

 この「鮒寿し」は、子持ちで卵がびっしり詰まった、ニゴロブナのメスが人気のため、売れる価値のある魚ということになる。


 漁師の水揚げは、オスもメスも関係ないため、高く売れない魚は、廃棄処分という運命をたどることが多い。


 「小さな魚の一尾にも命が宿っており、いただいた命は出来るだけ無駄にならないように、おいしく食べていただけるようにしたい。」

 想いが通じて、クラウドファンディングでは目標額の100万円に達し、多くの方の支援と共感を得た。





強くて太い一本の線

 事業を行う上では、企業利益は必要不可欠な要因であることは間違いない。

 売れる価値のある魚を取り扱うことで、事業経営は安定する。


 しかし、奥村吉男さんの想いは、必ずしもその視点だけではないような気がしてならない。


 むしろ、琵琶湖で採れる一尾一尾の小魚のこと、生涯沖島で漁業を営んで生計をたてている漁師のこと、ともに働き家族を支える従業員のこと、そして、何よりも奥村佃煮を愛してくださるお客様のこと。


 これらの想いが、強くて太い一本の線でつながっているのだ。

 この想いを常に抱きながら、お父様から受け継いだ技術を活かし、新しい時代に向けた商品へのチャレンジを続ける、奥村吉男さんに注目していきたい。





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